
綿の王様、
ギザ。
エジプト・ナイル川流域で育つギザ綿。繊維が長く、絹のようなつやとやわらかさがあります。
2014年から使い、ホテルに納めてきたものと同じ生地を「ファラオ」として届けています。

大阪・泉州 1935年から



チェックイン部屋に入って、
荷物を置く。
湯上がり浴室の扉を開けて、
手を伸ばす。
その一枚ふわりと厚い、
白いタオル。
ろ七は、ホテル・旅館のためにタオルを織ってきた工場です。名前の知られたホテルのスイートルームでも使われています。

初代・田端七治郎は、泉佐野の漁師でした。
漁船をこぐ「櫓(ろ)」と、
自分の名前の「七」。合わせて、ろ七。
残りの99%は、問屋や他社の名前で、ホテルや旅館に並んでいます。さっきの部屋のタオルも、そうかもしれません。

エジプト・ナイル川流域で育つギザ綿。繊維が長く、絹のようなつやとやわらかさがあります。
2014年から使い、ホテルに納めてきたものと同じ生地を「ファラオ」として届けています。

71年、ホテルの足もとを受け持ってきました。踏まれ、洗われ、また敷かれる。そのための厚みと織りです。

1998年にイタリア・ノーボ社の織機と電子ジャガードを、2014年にイテマ社の織機を入れました。
枯山水の柄も、プリントではなく織りで出しています。頼まれたものを織るために、機械を足してきました。

和泉山脈の地下水で、織り上げたあとに糊や油を落とす「後晒し」。泉州ならではの仕上げで、吸水剤は使っていません。
泉州は、日本で初めてタオルが作られた土地。ろ七の始まりは、その始祖・里井タオルの隣でした。

年表
初代・田端七治郎の言葉。
いまも、ろ七に息づいています。
初代・田端七治郎が、漁師からタオル屋に。工場は里井タオルの隣。
「人と同じことしたら、あかん。」
この言葉が、いまも工場に息づいています。

いまも続く、いちばん古い柱。
今治を見に行き、ホテルで毎日洗われることを前提にした規格を自分たちで決めた。
ノーボ社の織機と電子ジャガード。2000年には名入れのタオルも。
高級ホテルに納めるために、エジプトのギザ綿を使いはじめた。
ホテルが止まった年に、家庭へ直接届けはじめた。
クラウドファンディングは開始5時間で目標に。WWDJAPANに掲載。

三代目は、目の前の一枚を極める。四代目は、その一枚の行き先を、世界へ広げる。
今治がデコレーションケーキなら、うちは味で勝負するチーズケーキ。
派手さは無いけれど、一度使うと手放せない。Threadsより
一か八かという思いで連絡した。セレクトショップに協業を持ちかけたとき(繊研新聞 2023年)
贅沢は、音を立てない。
工場の外へ






大阪のセレクトショップ、チェント・トレンタと作った4万円のバスローブ。約3週間で、ほぼ売り切れました。ホテル向けの織機で、枯山水の柄を織り出しています。
繊研新聞 2023年9月6日付

次の目標
「ピッティ・ウオモに出たい」と言い続けています。ホテルの裏方で育った生地を、世界の見本市へ。